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2008年5月

2600形の甲種輸送、高島貨物線をいく

以前に、8連となった2600形の試運転を載せましたが、今回は当時頻繁に行われた2600形の甲種輸送です。小田急江ノ島線をくぐる2600形や高島貨物線を行く光景をめずらしいでしょうかね。

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あじさい号?

箱根登山鉄道のあじさいの話題つづきですが、1990年にはこんな塗装ありましたよね。この車両って、なにか名前ついていましたっけ?ネットで探しましたけど、そもそもこの塗装の写真が見当たりませんで、もしかしてけっこうレア?

Azisai
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そろそろ紫陽花(あじさい)の季節 その2

昨日につづいて同じ場所でのカットです。べつに1990年当時としてもなんてことのない8264Fの新宿行きですが、18年経過した今見ると6連は湯本まで行かないし、この編成もVVVF化されていますし、変化がありますね。この踏み切りもいまも4種のままなんでしょうけど、木製架線柱と手書きの踏み切り表示がいい味だしてます。自分の中では8000形は新しいと思っていますが、当時はばっちり新しいと思っていた座席赤い後期車でも20年が経過し、時の流れは速いものです。箱根登山鉄道のベルニナ1000はおまけです。こいつの「小田原」表示も拝めなくなりましたな。
8000azisai
Berunina

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そろそろ紫陽花(あじさい)の季節

あと10日で6月、そろそろ、あじさいの季節ですね。小田急のあじさいといえば箱根登山線ということで、NSEとあじさいの写真を。登山線らしくて、ちょっといい感じと自画自賛。

Nseazisai

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工事開始直後の相模大野駅をロマンスカー前展望から

90年代までの相模大野駅の記憶も自分の中で遠くなりつつありますね。

Oono

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快速表示

今日は、5200形の快速表示です。たまたま足柄駅で写真撮っていたら回送列車の車掌さんがだしてくれました。それから後は、誤表示で2、3回見ただけで、結局快速のコマには快速急行が入ってしまって幻となってしまいました。

Kaisoku

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2600形8連と1000形8連の試運転

今日は、2600形の8連の試運転です。たしかこの編成が最初の8連だったハズで衝撃の8連改造のはじまりと結局6連より先に廃車というころころかわる車両計画に翻弄されるはじまりでもありました。まぁ、このあとさらに衝撃のVVVF改造編成2666Fの登場となりますが、このときすでに30年選手の2600形をいまさら改造というのは????とおもっていました。結局全検も受けずに6年で廃車になりはっきりいってこの車両計画は失敗だったんでしょう。ただ、8連は加速抜群の6M2Tだからという以外にも減速時の回生失効時の衝撃も穏やかだった気がしてちょっと好きでした。
とはいっても、やはり2600形は各駅停車向ケ丘遊園行きで経堂で急行退避している光景などが一番似合ってましたね。いまでもそんな写真見るとちょっとセンチメンタルな気分になったりします。
というわけで、2600形8R最初の試運転と同アングルの最初で最後の1000形8Rの1081Fの試運転時の写真を。。。。どちらも新車!の強烈なオーラを持ってました。

2600odawara
1081odawara

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メトロ&江ノ島号

江ノ島線の夏の臨時列車といえば、小田急の風物詩のようなものでしたが、最近はあまり電車で海水浴ということもはやらないせいか、あまり活発ではないようです。
90年代は、臨時列車は花盛りでして、綾瀬から江ノ島行きの臨時列車もありました。10両とも江ノ島行きだったのですが、江ノ島線内は10両化されていない時代、なんと大野切り離しで江ノ島線内は続行運転でして、藤沢と帰りの江ノ島では同じ列車が並ぶ珍事となりました。

Metroeno1
Metroeno2
Metroeno3
Metroeno4

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東北沢駅とSE車

東北沢駅を通過するSE車です。SE車が重連であること以外、当時は何のことはなかった風景ですが、地下化工事も本格化し、仮線仮駅となった今、なつかしい記憶となりました。

Sehigashikitazawa

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TBSラジオハイキング

1991年秋にTBSラジオハイキングという企画があって、新宿から電車貸し切って弘法山に登ろうという内容でした。私も参加しましたが、完全ラジオ中継されており、かなりの参加人数だったと思います。で、列車は新宿地下ホームにはいる上り急行の折り返し回送を利用して鶴巻温泉まで団体専用として運転され(後ろ4両は大野切離し)、帰りは秦野から新宿まで6連で運転されました。
単発の企画にかかわらず立派なヘッドマークが用意されました。(切り離される後ろ4両の分もありました)
Tbs1
Tbs2
Tbs3

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土砂崩れにあった2600

ロマンスカー de にへら〜さんに、以前、衝撃写真とともに公開されていた多摩線の土砂崩れですが自分も印象に強く残っています。当時、高校生だった自分は、多摩線を利用していました。1991年10月11日夜、ニュースを何気なく見ていると小田急多摩線で土砂崩れに列車がつっこんだとの情報が。事故現場は永山の手前ということで、速度も出ている区間であり嫌な予感と、翌日の通学をどうするかという現実問題が。幸い、奇跡的に大きな負傷者もなかったわけですが、翌朝は当然不通。朝は町田周りで通学し、帰りは京王相模原線に迂回しました。場所が場所だけに京王線からも丸見えで、車体切断という衝撃の光景がありました。ということで、京王線車内からのスナップがこれ。ネットで公開されている御歴々ほど当時雨の中での行動力がなくこの写真しかないです。。。
まぁ、最古参の2600形が事故車であったこと、この時点では発表にはなっていなかったものの8連化の構想もあっての現場解体だったんでしょうけど、衝撃の光景でしたよ。
このあと、未更新車との混結、8両化、で結局8両化編成から早く廃車されるなど運命に翻弄されていく2600形の序章だったかもしれません。
しかし、復旧後もかなり長いこと、この事故箇所は通過する時、飛び跳ねるような乗り心地だったことを思い出します。

2600jiko

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経堂の主、SE車

経堂検車区とそこの主「3000形SE車」の写真です。いまとなっては想像すらできない光景で、すべてが懐かしく、いもむしのように新宿へ向けて出庫していくSE重連は愛らしいですね。

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