小雪降る地上時代の和泉多摩川駅を通過するSE車
| 固定リンク
| コメント (5)
| トラックバック (0)
昨日に引き続き大井川鉄道です。大井川&小田急と言ったらSEは外せないので家山駅留置中のSEを載せておきます。当時でもすでに休車に近い状態だった気がします。思えばこのとき小田急に戻していれば海老名にはこいつが入っていたでしょうな。(未更新だった訳ですから。)
ところで、大井川鉄道といえば個人的にずっと気になっていることがあります。それが2枚目の写真です。これは千頭駅の東側(川側)にあった側線でのSL動態保存の様子ですが、正直、当時から小田急バカであった自分としてはさほどこいつに興味はなく適当に撮った1枚なわけですが、これが以外にネット上にもあまり情報もなく、側線はいったいどんなものだったのか、いまは日本工業大にいるB6が大井川で動態保存されていたときはここを走っていたはずですが、そのあとにこのような形で継承されていたのか、さらに写真にも写っているように762mmとの3線軌条となっており、写真の手前には西武山口線からきたっぽいバッテリーロコとその客車が置かれていました。いったい、ここの区間をどうするつもりだったんでしょう。ホント記憶が飛んでいます。まぁ、ここも駅前整備で道路となってしまっています。
| 固定リンク
| コメント (2)
| トラックバック (0)
以前に逆10両の件は書きましたが、その逆10両は、相模大野から先は4連の急行小田原行きとなりました。いまではほとんどの急行が10連のまま小田原まで行く時代ですが、多くが6連急行時代の当時は日中でも結構混んでおり、海老名ー本厚木間などはものすごい混雑のこともありました。で、そんななかにこんな4連急行が来る訳ですからそれはそれはすごいことになっていました。いまでは相模大野ー本厚木間で4連急行などはありえないわけですが、1990年代までこんな奴が残っていたのですから時代を感じますね。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
最近のコメント